防犯カメラと監視カメラ,呼び方次第で受ける印象はがらっと変わる.店長から「店内に監視カメラを設置しました」と言われたら従業員はビビるだろう.「見守る」と「見張る」もだ.「わたしはあなたを見張ってるわよ」などと言われたら心まで凍ってしまうが「見守ってるわよ」なら身も心もとろけてしまう.
『おかげ』と『せい』も180度ちがう.
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「xx子さんです.今日からこのクラスで勉強することになりました.よろしくお願いします」濃い眉に涼しそうな目,緩やかにパーマがかかったショートカットの大人びた女子が先生から紹介された.小学6年の4月だった.半世紀以上も昔のことだ.
晩秋の頃の放課後,保健委員だった僕たちは水飲み場に設置されている手洗い用の液体洗剤を補充する当番だった.洗剤は18L入りの大きくて重い缶に入っていて,これを運びやすい入れ物に移す作業をやった.僕には一斗缶は重過ぎて一人では無理だった.僕と彼女の細い腕4本でどうにか移し終えた.オレンジ色の暖かい夕日が保健室の反対側まで照らしていた.1学期の途中からなぜか男子の間で噂され近くに行くことも話をすることもなかった彼女とこんなに近づいたのは初めてだった,
3学期になって卒業も近くなり毎日が慌ただしくなった.生活発表会(学芸会)の練習が授業の一環で行われた.音楽の授業で合奏を繰り返し練習した,講堂での練習も何度か行われた.クラスのみんなは講堂に移動し僕も教室を出ようとしたそのときだ.彼女が「リコーダーある?貸して.わたし,忘れちゃった」とあわてて教室に戻ってきた.僕は黙って手渡した.僕のパートはハーモニカだった.
卒業式も終わり,そのまま謝恩会が講堂で行われた.フォークダンスがあり,パートナーが順々にかわる.数人先にいる彼女とペアになれるかばっかり考えていた.曲も終盤,肩越しに手をつないだときに僕にだけ聞こえる小さな声で
「あなたのせいよ」
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いっぱい謎が残る.彼女は勉強もできて利発だった.リコーダーを本当に忘れてたのか,借りる相手はたまたま教室に残ってたのが私だったからなのか.そして何が私のせいだったのか.そのまま卒業し,中学の入学式で彼女を捜したがいなかった.別な中学に入学したらしい.
写真は『いちごとメロン』
2023年 5月 3日 スタジオ庭(足利市)にて撮影
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